棚橋弘至、150日後の姿は「悪魔」だった

棚橋弘至、150日後の姿は「悪魔」だった

2021年10月20日の朝。東京は急激な寒さに襲われていた。

太陽は差し込んでいても、昨日までとは風の質が違う。

身体を突き刺すような寒波の急な訪れ。寒さ以上に驚いたのは、つい先週までは半袖で過ごすことができる気候だったためだ。

そんな寒い朝から始まった1日。

僕はよく見た顔の見知らぬレスラーを目の当たりしていた。

棚橋弘至。新日本プロレスのエース。“100年に一人の逸材”は150日後に仕上がる棚橋をテーマに掲げ、肉体改造のチャレンジを行っていた。

コンディションをストップ高で上げ続けても、勝ち越せない。それが、令和3年の「G1クライマックス」だ。

リーグ戦最終日を迎えた朝時点で4勝4敗の五分。

「IWGP USヘビー級王座」に君臨する者としては、この試合絶対に負けることはできない。

そんな決意が彼の中に悪魔を宿した。150日後。彼が目覚めさせたのは、悪魔だったのだ。

 

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横綱候補と悪魔

今回のリーグ戦で最も辛い時間を過ごしたのがタイチ選手かもしれない。痛々しく巻かれたテーピングは、深刻なダメージを連想させるものに他ならない。

弱点を晒してもリングに上がる。

その生き様はどこか「2人目の全戦欠場者は絶対に出さない」と意地を張っているようにも見える。

そんなギリギリで戦っている男の対角線に召喚されたのが正義のベビーフェイスではなく、悪魔だった。

「IWGPタッグ王者」いつものようにディーバを従えての入場。その後にいつものLove&Energyがヒット。

ポニーテールではなく、コーンロウを解いたようなオールバック。トレードマークのスキップは最短の距離で留めた。

明るい表情は浮かべているが、何かを背負っている。

自分の中の何かと対話しているのではないか。

腰に光る「IWGP USヘビー」のベルトすら怪しく光っているように見えた。

 

G1初対決

リングには満身創痍な男と仕上がった男が立っている。

タイチがロックアップも早々にデンジャラスバックドロップを仕掛ける。

いきなりパンタロンを早脱ぎ。ゴングかは1分すらも立っていないのに。

痛み止めの効果が切れるまで。「G1クライマックス」の公式戦は制限時間30分だが、タイチに残された時間はもっと短い。恐らくは10分、いや5分もなかったのではないだろうか。

普段はのらりくらりと序盤をやり過ごすタイチが得意技を連発。

相手が短期決戦を望んでいるのなら、その弱点を突く。それがプロレスだ。

ここから棚橋弘至は何度もタイチの脇腹を狙い始めた。

一発で崩れ落ちる。たった一発だ。普段であれば、すぐに切り返す攻撃が致命傷級のダメージを与える被弾となる。

非情な悪魔は人が痛がるポイントを熟知している。脇腹と脚を同時に攻める。得意の鎌固めジワジワと“壊しに行く”。

普段の棚橋弘至じゃない。勝ちにこだわった悪魔がそこにいた。

限界まで追い詰めた時、アドレナリンがどれほど噴き出すか。

セルリアルブルーのリングで全日本プロレスを魅せるお前は、新日本プロレスのためにどこまでやれるんだ。

非情な攻めは全て「問い」だったのだ。

悪魔の問いにタイチはYESと答えたのか。それともNOを突きつけたのか。はたまた答えを先延ばしにしたのか。

その結果は休場の後に分かるはずだ。

試合後、悪魔が祓われたかのように凪いだ表情をバックステージで浮かべた逸材。そして、こう口を開いた。

棚橋「(コメントスペースに来るなり座り込み、腹の位置にUSヘビー級のベルトを置いて)はあ、負け越し。負け越しです。悔しいなあ。調子が、コンディションが良かった分、この負け越しは堪えるし、何より期待に応えられなかったっていうのもあるし、このUSヘビーを巻いてる選手が負け越し。ちょっと考え方を自分のあり方をしっかりと見つめ直さないと。毎日同じ物食ってます、毎日同じ量のトレーニングしてます、じゃないんだね。きっとね、そういったもの以上に今一番必要なこと、やっぱり情熱だろうね。

プロレスに対する情熱。俺に足りなくてタイチにあったもの、情熱なんじゃないかな? (立ち上がって)言われたくないと思うけど」

出典:新日本プロレス

 

相手に必要な存在へ

2021年の秋。棚橋弘至の「G1クライマックス」、対戦相手が求めるレスラーを演じていたのではないだろうか。

水のように相手によって、形状を変化させる。自由に。優雅で華麗に。

そして、新日本プロレスのV字回復を共に成し遂げるピースを探すように。

オカダ・カズチカとの試合では彼の中にあったビジョンを明確化した。大阪で自分と向き合うことで、“レインメーカー”は本物の化け物になる。

それは彼が一番よく知っていた。

YOSHI-HASHI、タマ・トンガ、SANADA、チェーズ・オーエンズ、タイチ。

相手が求める棚橋弘至をぶつけ続けた。

自信を深めた者。今の自分を見つめ直した者。リベンジを誓った者。

それぞれの次の道を提示した。

ただ、自分でその道を見つけられるレスラーには厳しかった。

後藤洋央紀だ。

彼との試合が一番異質だった。想像以上にアッサリと決まってしまった結末は少し肩透かしを受けたような気分になった。

新日本プロレスのV字回復が始まった日を共に作り上げた2人としては寂しい話である。

ただ、棚橋弘至は知っている。

後藤洋央紀に必要なのは俺じゃない、と。

EVIL、ジェフ・コブについては別枠だろう。今の彼らであれば、己の道は己自信で示すに違いない。

たどり着いた先

4勝5敗。

試合後の棚橋弘至は全てを出し尽くし、空っぽになっているように見えた。「IWGP USヘビー級王者」だというのに、勝ち越すことができない。「G1クライマックス31」にエントリーしていたシングル王者は2人。鷹木信悟はギリギリまで優勝決定戦に肉薄していた。

チャンピオンとして不甲斐ない結果としか言いようがない。

ただ、結果以上に優先したものがあるようにも受け取れるから不思議だ。

完全無欠のベビーフェイスが「残り時間」を視野に入れ動いているように映ったのは僕だけではないはずだ。

ただ、ふと気になってTwitterのプロフィール欄を見てみると、「年内に仕上がる」と書いてあった。逸材はまだまだ走り続ける。

今大会、最後は悪魔になった棚橋弘至。厳しかった。怖かった。そして、なによりも美しかった。

※今回、文体のため全て選手に対して敬称を省いた。

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