オカダ・カズチカの東京ドーム。覚悟と本音の2日間

新日本プロレスの50周年を背負う“IWGP世界ヘビー級王者”オカダ・カズチカ。

いよいよ新日本プロレスのど真ん中に返り咲いた男は、2022年1月4日に覚悟を見せ、1月5日に本音を語った。

「新日本プロレスの50周年を背負えるのは自分しかいない」

2日続けての激闘だった。3人の実力はどう見ても肉薄していた。

ただ、1番の化け物がここで現れ、勝利を掴み取った。

オカダ・カズチカ選手はなぜ、ここまで強いのか。

これまで一つ大きかったのは勝ち癖だ。

圧倒的に勝ち慣れている。「IWGPヘビー級王者」としてV12を成し遂げた時が分かりやすい。

結局、「IWGPヘビー級選手権試合 60分一本勝負」では一度も負けなかった(二冠戦は除く)。

今回、あの頃のオカダ・カズチカ選手、いやあの時以上のオカダ・カズチカ選手が姿を現した。

昭和、平成、令和を背負い、2023年の東京ドームをフルハウス(超満員)にする。“レインメーカー”の新しい戦いは一年間での極V字回復プロジェクトだ。

 

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ブシロード体制、衝撃の幕開け

アメリカでの海外遠征を終えたオカダ・カズチカ選手は東京ドームでYOSHI-HASHI選手と凱旋試合を行い、勝利。

メインイベントに勝利した棚橋弘至選手の眼前に立ち「これからはレインメーカーが新日本プロレス引っ張っていきますんで、棚橋さんお疲れ様でした」と語った。

あの日から10年。ちょうど10年と1日が経ち、新日本プロレスを真の意味で引っ張る漢になった。

アントニオ猪木

2009年。中邑真輔選手がアントニオ猪木さんの名前を出した時、こう語った。

「聞いてくれ! 言いたいことがある。新日本プロレスの歴史、全てのレスラーの思い、このIWGPにはこもっている。その思い入れはある。ただ、輝き。このIWGPに、昔 のような輝きがあるか? 俺はないと思う。足りない! 猪木ーー!! 旧IWGP王座は俺が取り返す! 時代も変われば、プロレスも変わります! それでも俺はやります! ついて来る奴はついて来て下さい!」

そんな中邑真輔選手を棚橋弘至選手はストロングスタイルの呪いに取り憑かれているとバッサリ切った。

それほどまでにアントニオ猪木さんが作り上げたブランドは大きすぎたのだ。

VS創始者だった時代も終わった。

時代は流れ、オカダ・カズチカ選手はこう語る。

「もう一度新日本プロレスのリングに上がって欲しい」

確かに色々なことがあったと思う。ただ、時間が解決してくれることもある。

 

IWGPヘビー級ベルト

タイトルも一新された。

「IWGPヘビー級」は「IWGP世界ヘビー級」になった。

レガシーを超えるために「IWGPヘビー級」は生まれ変わった。「IWGPヘビー級ベルト」はオカダ・カズチカ選手の手によって墓場から掘り起こされ、一番映えるスポットライトを全身に浴び、その役割を終えた。

ウィル・オスプレイ選手が保持していたもう一本の「IWGP世界ヘビー級ベルト」は返上。

一度も腰に巻く事がなかったのは、彼なりのケジメがそこにあったからなのかもしれない。

 

会場に足を運ぶ重さ

このご時世になって、僕はほとんど会場でプロレスを見ていない。

色々な事情もある。仕事柄セーブしているところもある。

ただ、やっぱり「声が出せない」のが辛すぎるのだ。個人差もあると思う。ただ、目の前で色々な感情を揺さぶられているのに、声でリアクションを取ることができないのが本当に辛かった、悔しかった。

マスクが涙でぐしゃぐしゃになるのも気持ち悪かった。

どこかセーブして見ている自分を思えば、自宅で観戦すればよくね?となるのは自然な流れだったと思う。

自宅であれば(限度はあるが)叫んだり、声を出したりして観戦しても誰にも迷惑は掛からない。

だったら今は自宅で観戦すればいいやと決め切っていた。

だが、違った。現地で見届けなくてはいけなかった。

やはり体験と経験は違う。

目の前で彼らが戦う姿を見るべきだったと後悔している。

恐らく、僕と同じ気持ちで会場へ行かなかった方が大半だと思う。

ということは、同じ気持ちで次の大会から足を運ぶ人も増えるはずだ。

 

レインメーカーの涙

自分の弱さに涙を流した2015年の東京ドームとは違う。

今のプロレス界を生きる全てのレスラーの気持ちを代弁し、泣いたのだ。

「声援のある中で試合がしたい」と。

僕も声援を送れる状況で会場に行って、大オカダコールをぶつけたい。

万雷の拍手と地割れが起きるほどの大歓声。“あの頃”のプロレスが帰ってきてほしい。

オカダ・カズチカ選手が約束した東京ドーム超満員は簡単なことではない。

前回のV字回復とは状況が違いすぎる。何事もなければ、こんな危機訪れもせずに満員になっていたはずなのだ。

ただ、世の中はこの2年で大きく変わってしまった。

このネガティブな状況をびっくり返すのは簡単じゃない。

ただ、元気があればなんでもできるはず。

あんまりメタっぽいので書きたくないが、新日本プロレスを背負うように選ばれた男が、今は新日本プロレスを背負えるのは彼しかしないと言われるまでになった。

“レインメーカー”の10年は間違っていなかった。

辛いことがあっても顔にも出さず、“レインメーカー”の仮面を被り、1人チャンピオンの孤独と戦い続けてきた10年だ。誰にも想像すらできない。

本当は怪我だってしていた。ただ、全くコメントにすら出さなかった。

棚橋弘至、中邑真輔、柴田勝頼から受けた薫陶を胸に、50周年を祝うプラチナのガウンでプロレス界を盛り上げる。

新日本プロレスに再び金の雨が降り注ぐ日は近い。

オカダ「(※手拍子)いいね。50周年。俺がチャンピオンになったからには、こういうワクワクする闘いを皆さんにお届けすることを約束します(※大拍手)。そして、1.4、1.5、2日間、熱い声援、本当にありがとうございました!(※大拍手) 本当に声が出せない中、応援してもらって、でもその熱い声援っていうのはしっかりと選手に届いて、しっかりと熱い闘いで返せたんではないかなと思います。本当にありがとうございました!(※大拍手) 本当に50周年っていうのは始まったばかり。まだまだ続いていきますので、皆さん、よろしくお願いします(※大拍手)。…あとひとつだけ。猪木さん! 俺はこの新日本プロレスのリングの上に、猪木さんが上がってくれるのを待ってます!(※大拍手) “元気があれば何でもできる”。そうでしょ!? 猪木さん、しっかりと元気になって、またこのリングに上がって下さい! (猪木さんが)リングに上がる50周年、ふさわしいんじゃないかなと思います。皆さんもしっかりと、(新型コロナは)まだまだ油断できないですからね。気をつけて…。俺、やっぱり、声援のある中でプロレスがしたい(※大拍手)。(※感極まった表情になるとファンが手拍子で後押し)……(※涙ぐみ)もう無観客(試合)に戻りたくないですし、しっかりとみんなの前で闘っていきます。新日本プロレス、全選手、熱い闘いしますので、これからも新日本プロレス、よろしくお願いします!!(※大拍手) 新日本プロレスも50周年まで来ることができました。そして、この先まで、50年先まで、このオカダ・カズチカで食っていけるように、まだまだ盛り上げていきますのでよろしくお願いします。今日は本当にありがとうございましたー!!(※大拍手) というわけで! 新日本プロレスに!! カネの雨が降るぞーー!!(※大拍手)」

出典:新日本プロレス

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