DOUKIの物語に38歳になった自分を重ねる

DOUKIの物語に38歳になった自分を重ねる。

2022年1月10日に後楽園ホールで開催された「タカタイチマニア3」をようやく見ることができた。

2017年に新日本プロレスへ帰還してきた時とは打って変わって、今では“ファミリー感の強いダークヒーローユニット”へと進化した“鈴木軍”。

今回の「タカタイチマニア3」では、タイチとDOUKI、そしてミラノコレクション・ATさんの物語をリング上で爆発させた。

テーマは絆とルーツ。

DOUKIがプロレスラーになりたいと夢を見て、ミラノ・コレクションATさんを訪ね、タイチへとたどり着いた。

格闘技の経験もなければ、メキシコに渡るにあたってのブランド(海外遠征など)もない。

夢とバイトして貯めたお金だけを握りしめて日本を飛び出した男が尊敬する先輩たちに囲まれながら、“聖地・後楽園ホール”で自分自身を爆発させるストーリー。

そんな姿を見ていて、「タカタイチマニア3」の翌日に誕生日を迎えた自分について考えてみたくなった。

 

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タイチとDOUKI

自分語りをする前に感動的過ぎるタイチのコメントを記載しておきたい。

よくよく考えるとタイチの人間味は凄い。

週刊プロレスのインタビューで明らかになっていたが、DOUKIと出会ったメキシコ遠征は、彼自身正念場に立たされていた。

全日本プロレスから新日本プロレスへ戦場を移すも中々結果が出ない日々。何かを掴んで来いと片道切符でメキシコへ。

“相棒”であるミラノ・コレクションA.Tさんが引退するなど心が穏やかではなかったはずだ。

そんな状況で、いきなり日本から来た少年の面倒を見ている。

“愛を捨てる前”の聖帝。異例とも言えるメキシコでの大出世の裏側でタイチはDOUKIと出会った。

「(リング中央のDOUKIを見つめながら)悔しいか? DOUKI、いや、タツヤ! タツヤ! 悔しいか? 俺からしたら、いつまでも、オマエはタツヤだ。オマエ、立派だよ。よく、ここまで来たよ、オマエ(場内拍手)。12年前か、12年前。(場内を見渡して)ちょっと長くなるけど、いいのか?(場内拍手)。明日の朝までしゃべるかもしれねえけどいいのか?(場内拍手)。
 12年前、オメーはプロレスラーになりたくてよ、どうしていいか、もがいて、なんのツテか知らねえが、ミラノに頼んでよ。『メキシコでプロレスラーになりたいんです』って頭下げて。そのときちょうど、俺がメキシコにいて、ミラノがオマエを俺に託したんだよ。
 あのとき、高校卒業して間もなく、オマエはプロレスラーを目指すことだけを考えて、高校生のうちにバイトで貯めた金だけ握り締めて、オレんとこ来たな。言葉も何もしゃべれない、スポーツも何もやったことのない、バイトで貯めた金だけ。夢と金だけ握り締めて、オレんとこ来たな。
 まあ、それからいろいろあったよな。オマエのこと、イチからトレーニング全部教えた。プロレスラーとしてどうしていいか、全部教えてやったな。オマエといろんなとこ行ったな、メシ食って、いろんなとこ遊びに行ったな。キツい練習してな、二人でな。楽しかったな。
(中略)
 そしてオレが帰るときも、玄関先で泣き崩れたな。オレがいなくなるの、寂しいって(笑)。

(中略)

そして、いま、どうだ? 堂々と新日本の『SUPER Jr.』出て、いまこうやって後楽園のメインイベント立ってるじゃねえかよ、オマエ(場内拍手)。

ほかの誰よりも、オレからしたら立派だよ、タツヤ(場内拍手)。オレにはできねえ。18で一人でメキシコわたって、それから10年間、独りぼっちでやり続けることなんて。オマエは立派だよ、尊敬してるよ、タツヤ(場内拍手)。

出典:新日本プロレス

 

じぶんのこと

僕は2022年1月11日に38歳の誕生日を迎えた。

38歳、38歳だ。正直、自分でビビる。

あの頃、とにかく自分の環境を変えて、別の世界に行きたかった。

生まれ育った土地なのにどこか自分の居場所じゃない気がしていた。

どこかシックリ来ない。歯車が噛み合わない。どこか息がしにくい。そんな感じ。

何かを変えたくて東京に来た。右も左も分からなくていい。

日本で一番派手な街で過ごす時間を増やして、自分がどう変わるのか試してみたかった。

いや、試したかったんじゃない。どこか吸い寄せられるような感覚で、20代前半を過ごした。

とにかく遊んだ。夜な夜な遊んだ。遊んでばかりいて気付いた。このままじゃマズイ、と。

それまでの派手な仕事を辞めて、サラリーマンになった。

サラリーマンになった、と軽く書いたがそんなに甘いはずもなく(大学を出ていないため)、当時は当時で眠れない夜を何度も過ごした。何度も、何度も。

サラリーマンになる。定職について真面目に生きる。

この想いのまま30代に突入した。真っ当なサラリーマンになりたい。この気持ちだけで、なんとか上場企業(大卒ばかりの)にまで入ったのだから中々頑張ったとは思う。

30代前半でそれまでとスタンスを変えた仕事をはじめてからは紆余曲折だ。文字通り紆余曲折。楽しい時は絶頂だし、キツい時は泣いても泣いてもどうにもならないくらい辛かった。

あの会社辞めなければよかったのにと何度も言われた。自分でも何度もそう思った。

まともな自分になりたいと思った先にあった「新しいじぶん」に待っていたのは、全く先が見えない都会砂漠だった。足元を見失った。

今も毎日迷ってる。何がしたいのか。そんな日々を過ごしていたら、ある問題にも直面する。

結婚できない男になってしまっていた。

周りを見渡せば同じ歳で独身が見当たらない。※むしろバツイチはいる

パートナーとなる可能性を持った方もいない。あれだけ遊んでいる時に誰かとくっ付けばよかった。心の底からそう思ってしまう自分がいる。

一方で、1人を楽しんでいる自分もいる。

多様性だなんだと言っても人は1人よりも2人の方が楽しい。

そろそろ何とかしたいと思って数年。何かを変えなければいけない時期に差し掛かろうとしている。

 

今朝の自分

今朝起きたのは5時。2度寝して7時からブログを書き出した。

徐々に体調も回復してきたように思う。

1人で悶々としていてもあまりいいことはないので、ゆっくりとミーティングの数を増やしたり、実務的なことも再開していきたい。

いやー「元気があれば何でもできる」とはまさにその通りで、逆説的に言えば「元気が無ければ何もできない」。

元気とは活動のもとになる気力を指す。奥深い。

肉体的なことも元気と言うし、気力のことも元気と呼ぶ。

元気を出してとは中々意味深い言葉なのである。

もう少しでトップコンディションに戻れる予感があるので、焦ることなくじっくりと回復に向けて動きだしたいと思う。

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