新日本プロレス石井智宏が名勝負製造機たる理由
新日本プロレス春の風物詩「ニュージャパンカップ2019」の二回戦で「CHAOS」石井智宏選手と「鈴木軍」タイチ選手が激突した。
ミスタープロレス天龍源一郎さんとデンジャラスK川田利明さんのルーツを持つ二人だけに、試合前から代理戦争のような雰囲気を感じていた。
今、試合が終わった直後にこのコラムを書いているが、本当に素晴らしい試合だっただけに中々言葉が出てこない。
テンションも少しおかしいので、そのまま思ったことを書くが、やっぱりプロレスってこれだよな?
そう思わせる二人のファイトだった。
スープレックス、打撃を中心にお互いがお互いを削り合う。
新日本プロレスのセルリアンブルーのリングが何度も何度も大きく揺れた。
まずはこの話から書きたい。新日本プロレス石井智宏が名勝負製造機たる理由についてだ。
170センチの上背でヘビー級戦線を戦い抜く男が魅せる試合は、誰もが見たいタイチ選手を引き出していたように思う。
格を上げる漢
石井智宏選手が“名勝負製造機”と呼ばれ始めたのは自身初となった2018年の「IWGPヘビー級選手権試合」の少し前「G1クライマックス」頃だっただろうか。
全試合がベストバウト級。自分の個性であるバチバチの試合展開はそのままに、相手の土俵で戦う姿は清々しくもあり、彼の器用さを際立たせた。
そして、何よりも石井智宏選手が凄いのは、相手選手の格を上げることができる点だろう。
勝敗を超えた先にある「このレスラーは凄いな」という感動を作り上げる。
「ニュージャパンカップ2019」の一回戦で当たった永田裕志選手もそう。
「コンディションがいい」のは分かっている。その先に見える今の永田裕志選手の全力ファイトが見たい。僕はずっとそう思っていた。
そんな彼が石井智宏選手と試合をしたらどうなったか。どんどん魅力的な永田裕志選手が溢れてきた。
石井智宏選手は納得できない試合の後は不機嫌になり、ノーコメントを貫く。そんな彼が雄弁に永田裕志選手を挑発し、「43歳のグリーンボーイ」という超絶的な名言まで残した。
最高の一回戦。石井智宏選手、永田裕志選手の二人が同時に格を上げた試合だったように思う。
タイチの本気
今回の石井智宏選手対タイチ選手の何が素晴らしかったと聞かれれば、「みんなが見たかったタイチ選手を引き出した」この点に尽きるだろう。
「世界一性格の小ズルい男」からヘビー級に転向したタイミングで「愛を捨てた聖帝」へとニックネームを変えたタイチ選手。
パワフルさに磨きのかかった攻撃と師匠である川田利明さんのムーブが飛び出す回数が以前よりも増えたことで、バチバチの戦い、真っ向勝負への期待が高まっていた。
何かが起こる冬の札幌で内藤哲也選手と「IWGPインターコンチネンタル選手権試合」を争った時もそう。
飯塚高史さんの襲撃に予想以上の反響があったのは、二人の真っ向勝負が見たいという声が大きかったためだ。
聖帝が武器に頼らず、正面から堂々と戦っている姿が見たい。
僕もそう思っていた。そして、いよいよその日がやってきたのだ。
試合中盤、レッドシューズ海野レフリーに攻撃が当たりリング下で埋まった時、その瞬間が訪れた。
飯塚高史さんの忘れ形見「アイアンフィンガーフロムヘル」か自身のマイクスタンド。
タイチ選手が悩んだ結果選択したのは、慣れしたしんだマイクスタンドだった。
目の前に立つ石井智宏選手。
「来いよ!来いよ!オラ!」
その時、タイチ選手のファイティングスピリットが爆発した。
マイクスタンドを投げ捨て攻撃に転じるタイチ選手。
掟破りの石井式ラストライドやタイチ式ラストライド。お互いの重い蹴りやチョップを繰り出し、受け続ける。
タイチ選手が必殺技の「ブラック・メフィスト」を繰り出そうとするも失敗。
ちなみに、「ブラック・メフィスト」とは川田利明さんが海外遠征中に使っていた名前である。
師匠に対するリスペクトがないはずがないのだ。
明日への勇気
プロレスは痛みを伝えるという側面がある。痛いという感覚をレスラーの姿を通じて、擬似的に伝え乗り越える強さを伝えることで、プロレスならではのエンターテインメントが完成するのである。
明日への活力。夢の一歩を踏み出す勇気と元気をプロレスは与えてくれる。だから、戦後の日本で大流行したのだと僕は思っている。
そんなプロレスを通じて生きること立ち向かうこと、タチアガルことの重要さを石井智宏選手とタイチ選手は訴えているように見えた。
本人たちからすればウザいやつを倒したいだけだと答えるだろうが。
気付けば僕は新日本プロレスワールドから目が離せなくなっていた。
そして、こう思っていた。
一番見たかったタイチ選手を石井智宏選手が引き出した。これこそ「名勝負製造機」と呼ばれる所以なのだ、と。
どちらが勝つかは紙一重だったようにも思う。タイチ選手には奥の手「三冠パワーボム」が残っていたが、繰り出すタイミングが無かった。
紙一重の差が厚い。これもプロレスの魅力であり、目が離せなくなるところだと僕は思っている。
聖帝を認めた
以前にも書いたが、一緒に試合を見ていたプロレスを久し振りに見る“パレハ”が試合中に石井コールを始めたことがあった。
バックルームやリングでは多くを語らない。いや、どちらかと言えばほぼ言葉を残さない。
石井智宏選手は試合で魅せる。アメブロでは全然違ったユニークな個性を魅せる。
ギャップ。ツンデレ。どこまでも奥深いレスラーである。
試合後に石井智宏選手は「面白くなってきた」というメッセージを残した。
この言葉を僕はタイチ選手にとって最大の賛美だと受け取った。
石井智宏選手は「NEVER無差別級」戦線で田中将斗選手らと試合を重ねていた時代がある。
「NEVER無差別級チャンピオンベルト」がバチバチの戦いというイメージが定着したのは、彼らの功績が大きいように思う。
石井智宏選手はタイチ選手との試合を通じてあの時代を思い出したのではないだろうか。
魂と魂がぶつかり合う削りあい。我慢比べ。どっちが先に音をあげるかのチキンレース。
そんな試合ができる相手がまた一人見つかった。
そんな喜びが彼の胸中にはあったのではないだろうか。
「43歳のグリーンボーイ」
“名勝負製造機”石井智宏選手の挑戦はまだまだ続く。次の相手は「CHAOS」の同門であるYOSHI-HASHI選手だ。