棚橋弘至が新日本プロレスのど真ん中に帰還した分岐点
棚橋弘至が新日本プロレスのど真ん中に帰還した分岐点。それが2018年1月27日(土) の北海道にある気がする。
今から約2年前、新日本プロレスで1人V字回復を成し遂げるべく「もがき、苦しみ、這いまわった」男がいる。
ご存知新日本プロレスのエースこと“100年に一人の逸材”棚橋弘至選手だ。
2017年の東京ドームで内藤哲也選手に敗れ、タグチジャパンとして復活。田口隆祐選手、中西学さんらと『NEVER無差別級6人タッグ』のベルトを戴冠し、大阪で内藤哲也選手から破壊された『IWGPインターコンチネンタル』ベルトを奪取した。
半年だけでも中々な展開だが、さらに物語は進んでいく。ザック・セイバーJr.選手、飯伏幸太選手からベルトを防衛し、東京ドームではアメリカでの武者修行を終えて凱旋帰国したジェイ・ホワイト選手の迎撃に成功した。
結果を見れば順風満帆。ただし、酷使され続けた肉体のダメージが深刻なものへと変わりつつあった。
一方、『NEVER無差別級』戦線で猛威を奮っていたのが“プロレス王”鈴木みのる選手である。
プロレスリング・ノアへの侵攻をやめた『鈴木軍』が新日本プロレスのリングへと帰ってきたのが2017年。いきなりオカダ・カズチカ選手の『IWGPヘビー級ベルト』に挑戦し、惜しくも敗れるが4月には後藤洋央紀選手から『NEVER無差別級ベルト』を奪取。
約半年で4つの防衛戦を戦い、東京ドームでのタイトルマッチにたどり着いた。
“髪を懸ける”という漢気を認め、チャレンジャーは後藤洋央紀選手に決定。試合後には、セルリアンブルーのリングで断髪式が行われた。
翌日、スキンヘッドとなって姿を現した鈴木みのる選手は『IWGPインターコンチネンタル王者』棚橋弘至選手を強襲した。
「棚橋。次の標的は、オマエだ!」
それから22日後、2人は白が最も映える街、札幌で相対することになる。
プロレス王の正論
結論から書こう。この試合、棚橋弘至選手は鈴木みのる選手に32分28秒レフェリーストップで敗れている。
試合後、 「北海道立総合体育センター 北海きたえーる」のど真ん中で鈴木みのる選手はこう言い放った。
オイ、棚橋弘至。何が『(試合を)面白くしてくれ』だよ。あン!? オイ、“あっちがいてぇ”“こっちがいてぇ”、それで俺に勝てると思うな!(※大拍手) オイ、この潰れかけた新日本を立て直す奇跡を、お前が起こしたんだったとしたら、お前に奇跡はもう2度と起きない(※大歓声)。そう! あるのは力だけだ! オイ! 気にいらねぇヤツ、片っ端からブッ飛ばしてやるよ。
正論だった。この試合、棚橋弘至選手は精細を欠いていたように思う。調整不足という話ではない。もっと根本的なコンディションで限界が来ているのではないか。
そう感じてしまうほど鈴木みのる選手が圧倒した試合だった。
現在の世界にタラレバが無いようにプロレスのリングにもifは存在しない。
それでも思わずコンディションさえ整っていればと思わずにいられなかった。
それほどまでに棚橋弘至選手は鈴木みのる選手に完膚なきまでに敗れ去ったのだ。
ヒールホールドとテキサス
試合開始から10分ほど経った時、リング中央でエルボー合戦が繰り広げられた。鞭のようにしなり、それでいてズッシリと重い鈴木みのる選手だけのエルボー。一方で、棚橋弘至選手は体重が乗り切れていない印象を受ける。
ここで鈴木みのる選手はニヤニヤと笑みを浮かべた。勝負の最中に笑う。相手を挑発するパフォーマンスとしての笑みか、それとも勝利を確信してほくそ笑んだのか。
鈴木みのる選手の胸中は不明だが、改めて試合を見ていても余裕が伝わってくるようだった。
ここからは照準を右脚に絞った鈴木みのる選手の猛攻が続く。ヒールホールド、4の字固め。
徹底的に弱点を突く。これがプロのリングの鉄則なのだ。
脚にも腕にも爆弾を抱えている棚橋弘至選手に対して、鈴木みのる選手はテーピングの一つもない。
単純に弱点やコンディションの悪い場所が全く分からない。結果を知っている状態で、見直してもこう思う。
これはもう、鈴木みのる選手の勝ちだな、と。
破壊と再生
ただし、新日本プロレスのエースを意地と執念が突き動かす。ハイフライフローとテキサスクローバーホールドで鈴木みのる選手をとことん追い詰めた。
だが、無残にも決まるゴッチ式パイルドライバー。更にはフォールに行かずにヒールホールドで棚橋弘至選手の右脚を完全破壊に走る。
勝つ、そして破壊する。完膚なきまでに。そうでなければ、この男はいつまで経ってもコンディション不良のままだ。それではお宝を集めてて面白くない。
鈴木みのる選手の脳内にはこうした考えもあったのではないだろうか。
2012年10月8日、両国国技館。『IWGPヘビー級選手権試合』棚橋弘至選手VS 鈴木みのる選手。
ジョン・モクスリー選手が愛してやまない至高の一戦だ。鈴木みのる選手と棚橋弘至選手のシングルマッチを振り返ると『新日本プロレスワールド』ではここまで歴史が巻き戻るのである。
あの試合、鈴木みのる選手は棚橋弘至選手と共に“何か”と闘っていた。棚橋弘至選手はその漢気に惚れ込み、涙を流した。
2人の試合には必ず何かのテーマがあり、意味が存在していると思っている。この日のテーマは破壊。いや、棚橋弘至選手の中では再生へと続く破壊だったのではないだろうか。
ちなみに、さっきのマイクには続きの言葉がある。
「そう。もしお前が立ち向かって来たら、立ち上がって来たら! もう1度ブチのめしてやる。覚悟しろよ~」
鈴木みのる選手の胸中に浮かんでいたのは、真の意味でのリベンジだったのかもしれない。
再戦、愛の復活劇
2人の再戦は思った以上のスピードで実現した。2018年7月14日「G1クライマックス28」の開幕戦。大田区総合体育館のメインイベントだ。ちなみにこの試合が2人にとって最後のシングルマッチとなっている。
この試合で棚橋弘至選手は鈴木みのる選手へリベンジを成功させた。
この自信こそが夏の覇者につながり、2019年東京ドームでの『IWGPヘビー級王者』への返り咲きにつながったのではないだろうか。
休場するほど徹底的に破壊されたからこそ、全身の回復に務めることができた。
もしもあの時、鈴木みのる選手がゴッチ式パイルドライバーを見舞った後、フォールしていたら?棚橋弘至選手のV字回復はなかったかもしれない。
大きなVを作るためにはしゃがみ込むことが大切だ。棚橋弘至選手を谷底へと突き落とした鈴木みのる選手。2人の再戦が楽しみである。
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