オカダ・カズチカとアントニオ猪木。そして、3人のストロングスタイル

オカダ・カズチカとアントニオ猪木。そして、ストロングスタイルについて考えてみたい。

2020年7月2日発売となる「Number」の表紙にプロレスファンは度肝を抜かれたと思う。

右に現在の新日本プロレスを象徴するレスラーの“レインメーカー”オカダ・カズチカ選手。そして、左には新日本プロレスの創始者である“燃える闘魂”アントニオ猪木さんが並ぶ。

見出しには「猪木×オカダ、夢の初バトル。」「ベストバウトをぶっ飛ばせ」とある。

また、表紙に名を連ねているレスラーや団体名も今週号の購買意欲をそそるものばかり。

プロレス名勝負秘話。内藤哲也×高橋ヒロム、棚橋弘至、中邑真輔、飯伏幸太、長州力、天龍源一郎、小橋建太、武藤敬司、Uインター ほか。

これは買う以外の選択肢が浮かばないレベルである。

表紙の破壊力にやられると共に、2つ頭に浮かんだことがある。

オカダ・カズチカ選手とアントニオ猪木さんの関係性。そして、現代でも語り継がれている“ストロング・スタイル”という言葉について。

先日、全日本プロレスは秋山準選手の退団により“王道”が揺れると話題になった。創始者であるジャイアント馬場さんの薫陶を受けた男が全日本マットから離れる。そんな寂しさが詰まった言葉だったように思う。

さて、本題に入っていこう。まずは、中邑真輔選手と棚橋弘至選手、柴田勝頼選手についてだ。

 

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神の子は進化を選んだ

新日本プロレスには“神の子”と呼ばれるレスラーがいた。

2002年8月29日。日本武道館で華々しくデビューを飾り、2003年にはデビュー一年未満で「G1クライマックス」にエントリー。12月9日には天山広吉選手を破り、「IWGPヘビー級ベルト」を戴冠。

23歳8ヶ月。この最年少記録は中学を卒業後プロレス界に入ったオカダ・カズチカ選手でも塗り替えることができなかったものである。

現WWEのスーパースター・中邑真輔選手。海をわたっても“キング・オブ・ストロングスタイル”を背負う男だ。

必殺技である“キンシャサ(ボマイェ)”のネーミングにもアントニオ猪木さんとモハメド・アリさんの歴史的一戦がルーツに存在している。

中邑真輔選手というレスラーは“ストロング・スタイル”を平成、令和に変化させて引き継いでいるレスラーだ。

総合格闘技での経験から“脱力”の重要性を説き、それをプロレスのリングで最大限に表現したアーティスト。新日本プロレスを飛び出してから5年。WWEではロイヤルランブル 優勝、WWE US王座、WWE IC王座、NXT王座に輝くという功績を残している。

中邑真輔選手のストロング・スタイルとはプロレスからほとばしる殺気。そして、何が起きるか分からない張り詰めた空気にあると思う。

誰かの取材でアントニオ猪木さんのプロレスは非常にアメプロだというメッセージを見た。そういった意味でも中邑真輔選手が海外で成功しているのは“神の子”として選ばれたことに意味があっとも取れるのだ。

 

新日本プロレスのエースは呪いと言った。

続いては、新日本プロレスのエース・棚橋弘至選手だ。中邑真輔選手とは2009年にストロング・スタイルを懸けた抗争も演じた歴史がある。

——「猪木〜! 初代IWGP(ベルト)は俺が取り戻す」という中邑さんの発言が問題になってます。
棚橋「さんざん、猪木さんという人間にかき回されてきて、そこから離れてリスタートして、ゼロからここまで来たわけじゃないですか? それを『なぜ戻すのか?』と。俺なんか極端な話、絡まなくていいと思ってますから。いまの新日本のまま、いまの新日本の色を出せばいいと思ってるんで。……ま、新日本というか俺の色なんですけど(笑)」 

(中略)

——ちなみに棚橋さんにとって、アントニオ猪木さんはどんな存在ですか? 中邑さんは「新日本の王者なら避けては通れない存在」と言ってますけど。
棚橋「避けては通れない? でも、引退している人とは闘いようがないですよね。ただ、対世間というネームバリューに関してはいまだに誰も追いつけない部分はあるでしょう。でもね、俺の感覚的には、その名前を出してしまうことで逆に『内へ、内へ』向かってしまっている気がするんですよ」

(中略)

——逆にいままでの価値観に縛られすぎなんじゃないか、と。
棚橋「外に外に行きたいのに、内へ内へ向かっているんじゃないの? だから、これは呪い。“ストロングスタイルの呪い”なんです!」
 
——“ストロングスタイルの呪い”ですか。
棚橋「フフフフフ。そしてね、その呪いを解ける人間は、たった一人しかいないんですよ……(不敵な表情で)」
 
——え〜と。あえて聞きますが、ズバリ誰でしょう?
棚橋「そりゃあ、俺ですよ!(キッパリ)」

出典:新日本プロレス公式

棚橋弘至選手は脱アントニオ猪木を公言することで、新しい新日本プロレスを創ろうとしていた。GK金沢さんの言葉を借りるのであれば、“シン・新日本プロレス”である

ストロングスタイルの呪いから解けた世界。それが棚橋弘至選手の目指したものである。逆に言えば、“棚橋政権”を振り返るとストロングスタイルを捨てた先にあったものが見えてくるとも言える。

ただし、決して忘れてはならないのが、棚橋弘至選手はストロングスタイルの呪いを説いただけであり、根幹にあるものを捨ててはいないことである。

「今のプロレスはサーカスだ」

そんな言葉に対して、大きく反抗意識を見せた新日本プロレスのエース。

今の新日本プロレスを知らない人間がガタガタ言うなと言わんばかりに結果、内容、インパクトを残す試合を魅せた。

他団体や総合格闘技ではなく、新日本プロレスOBや新日本プロレス内の新勢力を相手に棚橋弘至選手は戦い続けてきた。己の信じるイデオロギーを懸けて。

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棚橋弘至選手のストロングスタイルとは中身を変えずに包を変えたもの。派手で初めて見た人でも楽しめる。また、見たくなる。分かりやすさがウリではあるが、決して中身の部分は変えない。歴史と伝統を重んじた戦う気持ちだけは変えることがなかった。

「俺は新日本のリングでプロレスをやります!」

この言葉が守ってきたものはあまりにも大きい。

歴史と伝統を叩き込むヘッドコーチ

3人目。柴田勝頼選手。新日本プロレスを辞めることが新日本プロレスだと発言し、総合格闘技の世界へ。“出稽古”を終えた柴田勝頼選手は新日本プロレスへカムバック。そして、現在はコーチとして“海外遠征”の真っ最中である。

2019年。柴田勝頼選手がロサンゼルスで鍛え上げたLA道場のヤングライオンが日本のリングでお披露目された。

鍛えげられた肉体と統率力。それはまるで、柴田勝頼選手が新日本プロレスの野毛道場に宣戦布告をしているかのようだった。

“ガイジン”部隊。そもそも骨格や筋肉の質で勝っている者たちが柴田勝頼選手という昭和の新日本プロレスを感じさせる人間からトレーニングを受けたる。

すろと、ここまで成長してしまった。そんなエピソードが今も続いているのである。

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柴田勝頼選手は「KAMINOGE」のインタビューで「基本しか教えてない」 と語っている。つまり、素材を活かして、徹底的に基礎体力(筋力)を引き伸ばしたのがこれまでのLAヤングライオンたちだったのだ。

そして、いよいよLA道場から初めてヤングライオンの卒業生が出る。先日、カール・フレドリックス選手のインタビュー動画が新日本プロレスワールドにて公開された。

これまでのイメージから一新されたビジュアルは、彼の今後を期待させるものである。

“生まれた時から新日本プロレス”というブランドを生き抜いてきた柴田勝頼選手。彼の中にも確固たるストロングスタイルが存在する。

そのDNAを引き継いだ者たちが今後、新日本プロレスのリングで躍動するのだ。

 

ストロングスタイル・エヴォルブ,フューチャー

では、3人の男たちを経て、最終章へ。

2019年4月6日。新日本プロレス&ROH、アメリカ・マディソン・スクエア・ガーデン大会のメインイベントを締めたのがオカダ・カズチカ選手だった。

新日本プロレスをアメリカへ“輸出”する。そのメインイベントで日本人が勝つ。これがプロレス史にとってどれほどの意味を持つことなのか。日本のプロレスを牽引してきた当事者たちにしか分からない感動があったに違いない。

その1年半前。同じくアメリカの土地で、当時オカダ・カズチカ選手のマネージャーだった外道選手はこう言い放っている。

This is strong style evolve. Future of strong style.

ストロング・スタイルの進化系。そして、ストロングスタイルの未来だと。

※2017年7月1日 ロングビーチ コンベンション アンド エンターテイメント センター 第9試合 IWGPヘビー級選手権試合 オカダ・カズチカ VS Cody

中邑真輔選手と同じユニット。棚橋弘至選手と激しい連戦を繰り広げ、柴田勝頼選手から一発で全てをレクチャーされた。

オカダ・カズチカ選手はアントニオ猪木さんが生み出したストロングスタイルという幻想を引き継ぎ、進化させたオトコたちの弟分にあたる。

守破離という言葉を使えば、ストロングスタイルを守った闘魂三銃士や、獣神サンダーライガーさん、第三世代。ストロングスタイルを破った3人(新・闘魂三銃士)の世代。そして、ストロングスタイルを離れたオカダ・カズチカ選手たちの時代といったところだろう。

歴史と伝統はそうやって紡がれていく。総合格闘技とプロレスがハッキリと線引された現代において、アントニオ猪木さんがぶち上げた概念は過去のものとなった。

ただし、そこにあった思いや熱意は今もなお語り継がれなくてはならないものなのだ。

燃える闘魂とレインメーカーがこのタイミングで遭遇することには間違いなく意味がある。

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※2020年2月の時点でオカダ・カズチカ選手はアントニオ猪木さんの名を叫んでいた。今回のオファーが届いたのはこの時期だったのだろうか?

当然、本人たちにすれば「ま、僕のほうが凄いので(キッパリ)」、「バカヤロー!」と言ったところだろうが。

プロレスファンの心を刺激する雑誌は明日、2020年7月2日に発売だ。

Number(ナンバー)1006号[雑誌]

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  • 発売日: 2020/07/02
  • メディア: Kindle版
 

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