永田裕志と鈴木みのる。35年目の夏と20分36秒
いつもと同じSHARPのテレビ。iPhoneのChromecastを使って新日本プロレスワールドを大画面に表示させる。
このマンションに住んでから丁度4年が経つ。ベランダ越しに広がる大型スーパーマーケットは相変わらず、多くの人々の飲み込んでは吐き出している。
玄関を開けた先には新しいマンションが経ったが、ベランダ越しの景色は4年が経っても全く変わらない。僕はそんな景色にぼんやりと愛着を持っていた。
窓を開けていてもジメッとした空気がなんだか気持ち悪く、エアコンに切り替えた。ちょうどプロレスがはじまるので、ナイスなタイミングだろう。
BOSEのサウンドバーから「覇道」が鳴り響く。新日本プロレス“混沌の荒武者”後藤洋央紀選手が第一試合に登場していた。
大会開始直後にこのエントランスミュージックが鳴り響くのはいつ振りだろう。『CHAOS』の4人が登場し、今度は新日本本隊の4人が姿を現す。
2020年7月最終日。新日本プロレスの後楽園ホール大会がいよいよ幕を開けた。
新日本プロレスは2020年6月15日から大会を再始動させた。
他の団体が無観客試合を開催する中でも業界のオピニオンリーダーとしてレスラー、スタッフの安全を第一に考えた結果、常に「守り」の姿勢を貫いていた。
業界のトップが崩れるということは、決してあってはならない。ただ、ファンの心を離すつもりもない。
そんな創意工夫を続けた期間を経て、プロレスを見ることができる日常が帰ってきたように思う。
35年目のスペシャルシングルマッチ
鉄火巻きと緑茶を肴に観戦を続ける。新日本プロレスのエース“100年に一人の逸材”棚橋弘至選手は「鈴木軍」のタイチ選手とザック・セイバーJr.選手に完全に遊ばれている。
レスラーが技を受けずにスカす。プロレス以外であれば当たり前の光景なのだが、受けるとスカすでは大違いだ。
リズムに乗れない。歯車が噛み合わない。崩れた調子は中々帰ってこない。棚橋弘至選手の逆境を救ったのは、なんとヤングライオン上村優也選手である。
彼は既にヤングライオンの規格を超えている。僕がヤングライオン期間を生で見てきたレスラーは川人拓来選手(現、マスター・ワト選手)以降になるが、彼は別次元だ。
肉体改造の成果と感情の伝わりっぷり、安定感。何よりもまだまだ伸びると感じさせるポテンシャル。今、新日本プロレスで最も注目すべきレスラーにレスラーになりつつある。
一方で「鈴木軍」は試合巧者が目立つ。DOUKI選手のインサイドワークを見ていると、3人以上のタッグ戦はこうやって戦うと有利にことが運ぶのだという勉強になる。
最近、プロレスにもサブレフリーを入れた方がいいのではないか?という話題を目にした。現実には起こり得ない前提だが、そういったことを言うのであれば、タッグ戦のルールを厳格化しなければならなくなる。
細かく設定していくと、合体技などはご法度になるだろう。それはプロレスとして楽しいのか?と言われると首を傾げる結果になるに違いない。
プロレスのリングでは何が起こっても不思議ではない。「WOW!」と夢のような時間が流れることもあれば、とんでもないものを見てしまったと口を大きく開けてしまうこともある。
この日のメインイベントが終わった後、どんな気分になるのか。前回の試合を見ているだけに、複雑な気持ちが溢れていた。
黒と青の試合、決闘、タイマン
「本日のメインイベント!スペシャルシングルマッチ。60分一本勝負を始めます!」
キレの良い阿部誠リングアナウンサーの声がすっかり涼しくなった部屋に響くと後楽園ホール全体に大きな拍手が鳴り響く。この日は482人(札止め)という客入り。いつもの約三分の一。それでも全く気にならないほどのボリュームで拍手だった。
続いて永田裕志選手が登場。決して交わらない“黒と青”。「ニュージャパンカップ2020」で破れた鈴木みのる選手はいつも以上に険しい表情で永田裕志選手を睨んでいる。
それは狂気に満ちあふれているようにも見えるし、闘争本能が限界まで高まっているようにも映る。そんな目の前の敵を見つめる永田裕志選手は「受けて立つ」という表情を全く崩さなかった。
冷静な眼で鈴木みのる選手の瞳をまっすぐに見つめる。変な挑発などは不要。最短距離で彼とぶつかる。気持ちも肉体もコンディションは最高に整っていることが画面を通じて伝わってきた。
「カーン」とゴングが鳴った。
距離が詰まる。ただ、手は出さない。余韻を楽しむかのように約30秒間。これからはじまる2人だけの時間の“前菜”は過ぎていった。
鈴木みのる選手のビックブーツが顔面にヒット。まずは、これでも喰らえという挨拶代わりの一発だ。お互いに2発ずつ顔面を蹴り合うと、鈴木みのる選手がエルボーを見舞った。
ここでのエルボー合戦は2人合わせて46発。再び鈴木みのる選手がビックブーツを見舞うまでの間休むことなく交互にお互いを殴り合った。
再び2発ずつ相手の顔面を蹴り合うと、鈴木みのる選手がロープ際で足元のバランスを崩す。ダウンなのか。スリップなのか。判断が難しい。
ここからは前回と異なる試合展開になった。エプロンから場外への落差を使ったアキレス腱固からの場外戦。ただし、持ち出したパイプ椅子はすぐに手放した。
コイツを直接自分の肉体で削りたい。道具じゃ満足できない。とにかく相手を殴りたい。シバきたい。
原始的な衝動をぶつけ合った一ヶ月前と。あの時と内容は異なるが、気持ちの糸が切れずに続いていることが伝わってくる光景が広がっていた。
客が目の前にいるということ
前回の試合で2人は徹底的に己と相手の肉体を削りあった。いや、正確には心を折る。相手の心にある旗を取る。そんな死闘だった。
スマホを置いて一呼吸。ふぅと息を吹くいたところで気付かされた。あの試合はきっと無観客だったから生まれたものだったのだと。
前回の試合は番長と生徒会長が河原で繰り広げた一騎打ち。先生たちも止められないからギリギリまで黙認。
恐いもの見たさ。何かとんでもないことが起きるという期待感。僕たちはカメラを通じて、隠れてこっそり2人の戦いを見ていた。
今回は違った。そもそもリングの周りにはお客が入っている。であれば、前回と全く同じ試合になる訳がない。
あのの決闘は誰もいないからこそ実現できたものなのだ。
今回の試合はプロレスになる。いつも通りハイクオリティな2人だけの試合。そこにどんなプラスαがあるのか。これだ今回の鍵になると思った。
永田裕志選手がフォールに入れば鈴木みのる選手がカウント1で返す。
ここから再びエルボー合戦へ。再び合計18発ほど見舞い合う。この時、鈴木みのる選手は楽しそうに笑った。
過去にインタビューで人を殴るのが楽しいからプロレスをしているのだと語っていた鈴木みのる選手からすれば、永田裕志選手は極上の獲物に違いない。
コーナーでエルボーをぶちかますと、リング中央へ移動。大きく両の手を広げて「どうした!?」とばかりに広角を上げる。
その様子を鈴木みのる選手選手はリングに膝をつけて見上げる。彼の待つリング中央へジリジリと足を進める。
「来てやったよ!クソ野郎!」
27発。エルボーを見舞いながらそれぞれが目の前の敵を挑発し合っている。
そいして、お互いに笑ったところで10分が経過。経った10分の間にとんでもない世界が生まれていた。
コップに入れていた緑茶はなくなり、氷も全て溶け出していた。
頭突きとエルボー
手で殴れないなら、頭をぶつけるしかない。令和の時代に最も原始的な方法でお互いにお互いを刻み込んでいく。更に14発ぶつけ合う。
鈴木みのる選手のエルボーは国宝級の域に達した業物だ。ここ数年でそんな彼を圧倒するまで打ち込んでいる相手を僕は初めて見た気がする。
誰とやっても相手が怯んでいたエルボーに。来いよ、来いよ。と言える。彼を突き動かすのは青義の心か。それとも全く別の感情なのだろうか。
永田裕志選手のキックがみぞおちに入り、悶絶する“プロレス王”。彼がこんなに苦しむ顔は初めてみたような気がする。
そんな相手にすら「立て!」と何度でも叫び続ける。無理やり相手を立たせると、バックドロップを狙いに行く。が、ここは断固たる決意で鈴木みのる選手がブロック。サイドヘッドロックでガードする。
さらにここからヘッドバットを連発。ゴツッ!と嫌な音が響くと、永田裕志選手がガクっと膝をついた。
再びエルボー合戦へ。37発繰り返した後に張り手へ。約80発をお互いに見舞った結果、鈴木みのる選手の“ゴッチ式パイルドライバー”が炸裂。
「てめぇと会って何年だ!?え!?知ってるか!?お前と初めてやり合ってから、35年だぞ。いままで俺と何回闘った!?あ!?永田よ…お前にひとことだけ言っとく。
今日のお前の攻撃はな…ハハハハハハハッ! ひとつも痛くねぇんだよ! バーカ!」
前回の喧嘩は赤い靴を履いた体育教師のストップにより、生徒会長が勝利した。だた、今回は番長がその威厳を守る形となった。
子分たちの手前もある。同じ相手に二度は負けられねぇ。それがボスとしての生き方だ。そんな背中にも見えた。
すごいものを見てしまったと息を吐く。ここから鈴木みのる選手は次に向かうと公言した。
「ミスター・IWGP」をこのタイミングで破った「IWGPのヘビー級ベルトを予約している男」。
オカダ・カズチカ選手が創設した「KOPW2020」。鷹木信悟選手が待つ「NEVER無差別級」。そして、二冠戦を終えたチャンピオンに対する宣戦布告。
鈴木みのる選手の狙いはどこにあるのだろうか。そして、永田裕志選手。現時点で鈴木みのる選手とは一勝一敗のイーブンだ。永田裕志選手は次にどこを狙うのか。
2020年の夏。35年目の夏。数年ぶりに交錯した道を経て、2人はそれぞれ何を魅せていくのか。
勢いよく窓を開けると生暖かい風が吹いてきた。さきほどのリングに比べればこんなこもの、と窓の奥を見ると、いつもと同じ大型スーパーマーケットが目に飛び込んできた。
変わらないように見えて、いつも違う。それが新しくて最高に素晴らしいことなのだと僕は思うのだ。
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