「内藤チャン...やっぱお前だよ」高橋裕二郎VS内藤哲也の『G1』に心が踊る秋

「内藤チャン...やっぱお前だよ」高橋裕二郎VS内藤哲也の『G1』に心が踊る秋。

2021年9月16日、新日本プロレスが「G1クライマックス」出場者のインタビュー動画を配信した。

エントリーしている選手全20選手が意気込みや気になる対戦相手を語るという企画だ。

この企画の動画という時点でもしかしたらと思った。いやいや、でも言うわけ無いだろうとも思った。

まず、事件が起こったのは内藤哲也選手から。

いつも試合をしていて楽しい飯伏幸太選手、“ロス・インゴベルナブレス・デ・ハポン”の先頭を走っている鷹木信悟選手が気になると前置きし、(僕の中では)本当に気になる相手の名前を口にした。

高橋裕二郎、と。

そして、高橋裕二郎選手は「単刀直入に言うよ。内藤チャン、やっぱりお前だよ」とかたった。

お前とはヒストリーがある。スゲェ楽しみだよ。

2021年に再び燃え始めた「ノーリミット」の炎。二人のタッグチームが解散したのが2011年。新日本プロレスワールド調べによると最後のシングルマッチは2014年の「G1クライマックス」である。

その時は高橋裕二郎選手がマイアミ・シャインで勝利している。

その後、2015年以降は内藤哲也選手が制御不能になり、高橋裕二郎選手は徐々にトップ戦線から姿を消していった。

2年連続プロレス大賞MVPを受賞するまでに飛躍した内藤哲也選手と新日本プロレスを代表するバイプレイヤーとなった高橋裕二郎選手。

今日はそんな二人について書いていきたいと思う。

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タッグチームの意味

タッグチームとは何なのだろう。

新日本プロレスで活躍してあるタッグチームはいくつもあるが“名前がついているチーム”は数少ない。

タイチ選手とザック・セイバーJr.選手の“デンジャラス・テッカーズ”、事実上の解散状態にあるYOH選手とSHO選手の“ロッポンギ3K”、兄弟タッグの“G.o.D”、田口隆祐選手とマスターワト選手の“シックス・オアナイン”。そして、棚橋弘至選手と飯伏幸太選手の“ゴールデン☆エース”。

パッと出てくるのはこれくらいで意外とタッグチームで名前が付いている方が少数派だったりする。

金丸義信選手&エル・デスペラード選手や石森太二選手&エル・ファンタズモ選手のチームだって名前があってもおかしくないが、何故かタッグチームの名前がない。

おそらくレスラーの裁量に委ねられているところなのだろう。

“デンジャラス・テッカーズ”もしばらくしてから発信→定着したようなイメージだった。

 

ノーリミット誕生と別れ

内藤哲也選手と高橋裕二郎選手のタッグチーム“NO LIMIT(ノーリミット)”が結成されたのは2008年。それまでタッグを組むことが多かったヤングライオンの二人が結託して生まれたチームだった。

このタイミングで内藤哲也選手は赤を基調としたコスチュームへとチェンジ。高橋裕二郎選手はオレンジをベースにしたタイツへ。

結成早々に獣神サンダー・ライガー選手&AIKRA選手が保有していてた“IWGPジュニアタッグベルト”に挑戦。レジェンド相手にも物怖じしないふてぶてしい試合を魅せ、期待を集めた。

その後はアメリカ、メキシコへと2人で遠征。“IWGPジュニアタッグ”、“IWGPタッグ”とジュニア、ヘビーの栄冠を手にした唯一無二のタッグ(ヤングバックスが獲って以降は唯一の日本人タッグ)として名を馳せた名タッグチームだった。

が、もともとシングルプレイヤーとしての志向が強かった内藤哲也選手と高橋裕二郎選手の間に亀裂が入る。

“CHAOS”で浮いていたと証言があるように、ベビーフェイスを志す内藤哲也選手と武闘派集団“CHAOS”の相性は決してよかったとは言えず、加入から2年未満で高橋裕二郎選手が内藤哲也選手を追放してしまう。

高橋裕二郎選手が内藤哲也選手を追放し、欠場に追い込んだ(内藤哲也選手の膝はかなり前から限界が来ており、手術が必要だった)。

「内藤チャン...引退するしかねぇな」とパイプ椅子を膝に落としたシーンは奇しくもSHO選手がYOH選手に言い放った言葉と同じであり、タッグチームの別れには「引退」の二文字がつきまとうのだと思ってしまった。

 

高橋裕二郎?どこが好きなの?

二人の明確な別れは2011年。今からちょうど10年前だ。

僕のコラムを読んでいる人の中にはなんでこの人こんなに高橋裕二郎が好きなん?って思っている人も居るだろう。いや、絶対にいる。

なので、この試合をまず見てほしい。

バディファイトPresents G1 CLIMAX 24 2014年7月21日 北海道立総合体育センター 北海きたえーる 第6試合 内藤哲也 VS 高橋裕二郎

見終わりましたかね(早い)。

これが7年前の高橋裕二郎選手。“CHAOS”から“バレットクラブ”へと移籍し、自分を解き放ち、日本人離れしたパワーを武器にトップ戦線で活躍していた時代である。

ここから7年。高橋裕二郎選手は怪我の影響で、当時のパフォーマンスができなくなってしまった。大の高橋裕二郎狂だからこそ言うが、試合のスピードから全然違うことは一目瞭然だと思う。さらに入場曲も当時の“All Night Long”がメチャクチャカッコいい(個人的にはこちらの方が好きなので内藤哲也選手との試合はこちらを流してほしいくらいである)。

内藤哲也選手は膝を負傷しながらも2015年に“ロス・インゴベルナブレス・デ・ハポン”を結成、“制御不能”となり、時代を築いた。

高橋裕二郎選手は怪我の影響もあり低迷。ただ、2020年の『G1クライマックス』へ久しぶりにエントリーを果たすと、「この4年間のクソみたいなレスリングのキャリアをよ、今回のG1で全て清算してやるよ!」と発言している。

自分でも分かってる、自分でも分かっているのだ。怪我して以降の自分がどれだけ成績を残せていないのか。

そんな自分に満足して、生き続けるのか。再浮上を狙うのか。そこは本人の気持ち次第だ。

高橋裕二郎選手はKENTA選手を身近に見てきた。

KENTA選手も正直、昔とは全くファイトスタイルが異なっている。“バレットクラブ”加入前はかなり厳しい試合が続いていた。だが、ヒールに振り切ってKENTA選手は変わった。

今のKENTAのプロレスが確立された。プロレスラーであり、エンターテイナー。そんな新しいKENTAの誕生だった。

高橋裕二郎選手はどうか。ミスターR指定のキャラクターには戻れない。ベビーフェイスを語るには悪人顔だし、スタイルもマッチしない。

では、どうすればあの頃の輝きを取り戻し、さらに上を目指すことができるのか。

高橋裕二郎選手自身もファイトスタイルを変えながら、もがき、苦しんできた。SNSもほとんどやめた。表で自分を語ることはしない。

その歴史が、人間臭さが僕は大好きなのだ。“HOUSE OF TORTURE”として仕掛けて来る可能性も高い。ただ、やっぱり漢・高橋裕二郎がこの試合だけは見たいと心から願う。

 

すでにチケットはソールドアウト

東京ドームのメインにも立ち続けている元相棒。彼だけが今の高橋裕二郎選手を解き放つ事ができるのだと思う。

「俺たちにはよ。ヒストリーがあるんだよ」とデビューからの歴史を振り返る高橋裕二郎選手。

「周りが言うほど、高橋裕二郎のことは意識していない」と言葉にする時点で、意識しまくりな内藤哲也選手。

運命の戦いは2021年9月30日。後楽園ホールだ。なんと...。チケットはすでに完売。僕もさすがにこの試合だけは見に行くか...と思ったらなんともうチケットがないのである。

他の公式戦はまだ手に入るが、この試合だけは買えない...。開幕戦ですらまだ買えるのに、この日だけは売ってないのだ。なんてこった、パンナコッタ。

G1クライマックスのインタビュー動画の再生数だって、二人がいるAブロックが1.5倍再生されているところを見ると「ノーリミット」ブランドの強さがハッキリと分かる。

「内藤チャン...やっぱお前だよ」

何が起きるか分からない秋。今回の「G1」に“限界はない”のだ。

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