YOSHI-HASHI選手の負傷について
公開するかどうか迷った。
だが、このブログは僕が純粋に思ったことをそのまま書く場所なので、やっぱり世に出したいと思う。昨日書いた内容を一部編集してお届けする。
結論だけ言えば、人の不幸を笑う人間の価値観が理解できないという話である。
本日、YOSHI-HASHI選手がオカダ・カズチカ選手を救出する際、アクシデントに見舞われた。
僕はこのシーンを見ていて、最初はピンと来なかった。花道からダッシュしたYOSHI-HASHI選手が一瞬姿を消し、リングに現れた。
だが、すぐに夥しい血の量に呆然とした。
いわゆるプロレスの演出による流血じゃない。人間の額が仕事中の事故で割れたのだ。
2018年9月24日、新日本プロレスから病院にて左肩および負傷箇所の治療を行っていると発表が出た。一旦、大事には至らなかったようで何よりだ。
ただ、YOSHI-HASHI選手について、ツイッターで検索してみたら衝撃のツイートが散見された。
笑った。
笑った?
笑った??
人が仕事中のトラブルで怪我をしたことを見て、何が面白いのか。僕には全く理解ができない。
プロレスラーとして、あの場面で失態を犯したことは紛れも無い事実である。
忌憚ない意見を言えば、大失敗だし、取り返しのつかないミスだ。
おそらくあのシーンはYOSHI-HASHI選手の進退を掛けた時間でもあっただろう。ここまでストーリーラインにYOSHI-HASHI選手が出てくるのは、ほぼはじめてことだったはすだ。
その全てをあのアクシデントが奪ったのだ。
だから、「やっちゃった」、「大丈夫?」などの声が出るのは分かる。
惜しかった。早めの復帰を期待する。アクシデントはしょうがない。僕はこういった声が中心だと思っていた。
だが、心ない声は別ユニット所属選手のリプライにまで及んでいた。
誰かがトラブルに見舞われて笑う人間たち。価値観の相違に恐怖すら覚えた。
自分の家族や恋人、友人が目の前で額を割った時、あの人たちは笑うのだろうか。
自分と同じ会社と契約しているプロレスラーがアクシデントに見舞われ、大流血したのを笑ったツイートしたと、本当に思ったのだろうか。
勘違いしているのか?
プロレスは芸術であり、エンターテインメントだ。ただ、漫画やアニメじゃない。常に危険な技とも隣り合わせだし、YOSHI-HASHI選手のような事故だって起こり得る。
僕の記事なんて読んでも、笑った人たちの価値観が変わることはないだろう。そんなことは期待していない。
正論書きやがってと突っ込まれるかもしれない。突っ込むならどっちが一般論に近いか、隣人に聞いてみてほしい。
「肝心なシーンで登場して、ズッコケたら額割って顔中血塗れになったんだよね(笑)」
笑うところなんか1つもない。人に笑顔で話してたら狂気の沙汰だ。
ネットは人を自由にした反面、狂わせている。そう、思わざるおえない事態だと思う。
ここまで好きなことを書いた。発信するということは、言及される覚悟があるということだ。
まずは、YOSHI-HASHI選手は治療に専念してほしい。そして、万全な状態での復帰を心待ちにしたい。こんなことで彼のハートは砕けない。絶対にだ。